ヘルシンキ・フェスティバルへ行きました
エストニアのタリンから高速艇でバルト海を渡り、フィンランドのヘルシンキへ。ヘルシンキ・フェスティバルを体験しました。
私が観たのは、リヒャルト・シュトラウスの《ダフネ》(8/17)とモーツァルトの《ドン・ジョバンニ》(8/18)のオペラ2本。どちらも創意に満ちたプロダクションでした。
まずは、《ダフネ》から。
会場のミュージック・センター。こちらの音響も永田音響設計の豊田泰久氏によるもの。シベリウス・アカデミーもこの建物にあります。
コンサートホールでオペラとは何だろうと思ったら、数年前に観たサロネンのトリスタンみたいな感じでした。あそこまで映像がアートではなく、抽象的で動きは少ないのですが、雷がピカピカ光っていたし、舞台を照らす照明も色が変化して、いろんな仕掛けがありました(スクリーンは3面)。歌手や合唱が舞台の様々な場所から歌い、演出効果を上げていました。やはり世界は、コンサートの可能性を広げる設計のコンサートホール+テクノロジーのセットで進んでいると思います。
管弦楽は、スザンナ・メルッキ指揮の国立オペラのオーケストラ。歌手も地元で歌っている人たちのもよう。ダフネを歌ったソイレ・イソコスキ(当地出身のディーバ。すごい人気でした)が盤石の歌唱を披露したのをはじめ、すべての歌手、合唱、オーケストラがハイレベルに揃っていて驚愕。
他方、《ドン・ジョバンニ》の会場は昔ながらの小さい劇場(アレキサンダー・シアター)。
オーソドックスな劇場とは対照的に、プロダクションは“ニュー・ジェネレーション・オペラ”と名乗るカンパニーによるもの。
いったいどんなプロダクションなのかと期待して出かけたのですが、確かに今まで見たことないパターン。
- ソリストが全員細いマイクを頭につけている。生声とは若干異なるが、違和感はない。マイクをつけることで歌うときに身体の方向が制限されることから解放される。よって、一番舞台寄りのボックス席や舞台奥など、様々な位置で歌うことができて、演出の幅が広がる。このカンパニーは、演劇並みに演技をする団体でした。
- 舞台上にはスクリーンが2つあり、進行中の舞台が映像で映し出される。ひとつはオケ・ピットの後ろに固定したカメラでプロのカメラマンが撮影するハイビジョンの映像、もうひとつは、舞台上でソリストや合唱メンバーがハンディ・カメラで撮影する粗い映像。観客は舞台上の芝居と2つの映像の3つを同時に観ることになる。映像は様々な角度やズームを織り交ぜる。《ドン・ジョバンニ》には、登場人物それぞれが自分の都合を歌う重唱の場面が多々ありますが、映像を使うことによって、それぞれの表情(思惑)の違いがクローズアップされて面白かったです。
また《カタログの歌》では、スマホのアルバムに大量の女性の写真が入っていて、指で繰るといろんな女性の顔が現れるというイマドキの演出(ノキアの国なので、iPhoneではありませんでした)。これもスマホをカメラでズームしてスクリーンに映していたので、わかりやすかったです。
やはりテクノロジーが進んだことで、オペラやコンサートのやり方にいろんな可能性が広がっています。すぐには「決定版!!」みたいなものにならないかもしれませんが、最初から可能性を排除するのではなく、いろいろやってみる、試してみることが重要なのだと、ヘルシンキでの2つのプロダクションは教えてくれたように思いました。